ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

フェニックスリーグを考える

今日から始まったみやざきフェニックスリーグ。秋の教育リーグにもあたるこの大会の目的は「過ぎたシーズンを反省して、チーム及び個人の課題を明らかにし、翌シーズンに向けてその克服を目指すのと併せて、公式戦で出番が少なかった若手選手を積極的に起用し、試合を通じて若い選手を育てること」なのだそうだ(Wikipediaより抜粋)。

昔は黒潮リーグだとかハイサイ沖縄リーグとも呼ばれ、参加球団も年度によって不安定だったこの形式の大会が12球団揃いぶみでの「フェニックスリーグ」となったのが2005年のこと(名称自体は前年から付いていたが、このときはイースタン6球団のみ参加)。以降、韓国球団や独立リーグも交えての開催が恒例となっている。

 

とは言っても昔は一般ファンがフェニックスリーグに関心を持つことなどほとんど無く、報道でもスポーツ新聞の隅っこに人知れず短信が載る程度であった。

それが今は、現地からリアルタイムで状況を報告して下さるファンがいたり、京田陽太と根尾昂が同時出場することが話題になったりと、それなりに注目を集めていることに、昔を知っている人間としては驚きを隠せない。

 

フェニックスリーグは将来の指針になるのか

 

ところでフェニックスリーグの試合結果および内容について、どの程度一喜一憂していいのか分からないという方も少なくないだろう。贔屓のチームが勝てば嬉しくなり、負けると不快を反射的に感じてしまうのはファンの性(さが)として仕方ないのだが、この大会の順位と翌年のペナントとの相関性は全くと言っていいほど無いので、勝敗に関してはスルーして構わないだろう。

問題は個人成績だが、参考までに昨年のフェニックスリーグの内訳を見てみると、10試合以上に出場して目立った数字を残した中日の打者は3人。桂依央利(.343)、高橋周平(.354)、そして阿部寿樹(.429)だった。

上位2人、特に阿部にはブレーク前の予兆めいたものを感じるが、さらに遡って過去20年間の個人成績を細かく調べたところ、残念ながらその後のブレークとの目立った相関性を見つけることはできなかった。

例えばちょうど10年前、2009年の大会を振り返ると、打率上位には柳田殖生(.500)、田中大輔(.467)、沢井道久(.391)といずれも殻を破れずに散っていった選手たちが顔を並べる。一方で今もなお主力としてチームを支えている福田永将(.185)、堂上直倫(.171)が不振に終わっているのも面白い。

さらにその10年前、1999年のハイサイ沖縄リーグになると、打率上位勢は原田政彦(.556)、藤井優志(.500)、清水清人(.444)と相当のファンでないとピンと来ないような選手たちが占め、後にスターへと成長する森野将彦(.209)、荒木雅博(.242)は揃って不調で、唯一井端弘和(.371)だけが気を吐いていた。

 

このように長いスパンで見れば、秋季教育リーグは決して10年後のチームの形を占うものではないことは明確である。

だが若い選手にとっては普段のリーグ戦では当たることがない韓国選手や独立リーグの選手と戦える貴重な機会であり、また参加選手が主に有望株に限られることから、ここで活躍すれば首脳陣の目に留まるチャンスにもなる。

将来の指針にならないというのはあくまで大局的な話であり、ここでの経験が選手の血となり肉となることは言うまでもない。今日から18試合、ドラゴンズの明日を担う選手たちの躍動に期待したい。