ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

新時代は突然に

◯6-3(36勝43敗)

 

「今日のスタメンマスクは石橋らしい」。そんな噂を小耳に挟んだのが試合開始の約40分前、17時20分頃のことだった。

先発投手が清水とあって、二軍でバッテリーを組んだ事のある石橋が抜擢される可能性は無くはなかったが、消化試合ならともかくまだまだAクラスの可能性が残るシーズン半ば。“10代バッテリー”などというメディア受けしそうなネタを提供するには、いささか状況が重すぎる。また一昨日のヤクルト戦で6点リードの終盤にもマスクを被らせなかったことから、石橋の初マスクはおそらく大量ビハインドを負った試合での途中出場という形になるのだろうなと思っていたのだがーー。

 

与田監督、思いきったねえ!

 

32年前、近藤真一をいきなり巨人戦でデビューさせた星野ばりの博打采配。わくわくさせてくれるね

 

夢にまで見たこの日が来た

 

私も長年ドラゴンズを見ているが、高卒ルーキー捕手の一軍出場を目撃するのはもちろん初体験だ。ルーキーに限定しなくても、「20年先まで楽しみだ」と思わせてくれる生え抜き捕手自体がなかなか現れなかった。ちなみに中村武志が頻繁に試合に出るようになった1987年、私はまだ2歳。物心ついた頃には中村は不動の正捕手としてブイブイ言わせていたし、衰え始めた途端に今度は谷繁が入れ替わりで入団してきたので、生え抜きの若者が正捕手の座を獲得する瞬間というものを未だに見たことがない。

捕手というのは、一度掴むと10年スパンでレギュラーに定着できる特殊なポジションだ。その分、学ぶべきこと、耐えるべきことが膨大でなかなかその段階まで辿り着くことができない。ここ数年でも松井雅人、杉山翔大、そして加藤匠馬が期待されながらも定着には至らなかった。

そんな中で、伊東勤と中村武志という90年代のセ・パを代表する大御所の目に留まったのが、関東一高からドラフト4位でやって来た石橋だった。二軍ではルーキーながら主戦捕手として36試合に出場。既に4ホーマーを放つ打棒、キャッチングの安定感、そして何より物怖じしない度胸が、二人の名捕手の心を打ったのだろう。

だが、まさかここまでのモノとは彼らも思っていなかったはずだ。第1打席。二死一、二塁で放った大飛球は、惜しくもフェンス手前で失速。ナゴヤドームでなければ余裕で入っていたであろう打球だ。普通ならこれだけでも充分。だからこそ3打席目のタイムリーは鮮烈だった。それも喉から手が出るほど欲しかった追加点となる2点タイムリーだ。

これだ、これがずっと見たかったんだ。20年先まで楽しみな捕手の誕生。ヒーローインタビューの壇上で見せたあどけない笑顔はまだ10代のそれ。だが、非常にはっきりとした受け答えからは芯の強さが伝わってきた。

「すごくたくさんのファンの方々の前で野球することができて、すごく幸せです!」。ナゴヤドームに響いた万雷の拍手は、ドラゴンズの新しい歴史の幕開けを祝福しているかのようだった。