ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

うちの看板です

◯10-3(21勝25敗)

 

6年間に及ぶ長い低迷。その根本的な原因は何なのだろうかと考えた時、まずパッと浮かぶのが「軸になる圧倒的な打者がいない」という事だ。

セリーグだと坂本勇人、丸佳浩、山田哲人、筒香嘉智、鈴木誠也。パリーグでいえば秋山翔吾、山川穂高、柳田悠岐、吉田正尚あたりがそれに該当する。おそらく近いうちに清宮幸太郎もここに仲間入りするのだろうが、要するに全国区のスター枠。声を大にして「うちの看板です!」と言える選手が中日にはいなくなって久しい。

 

平田がおるがね

 

確かに平田は超優秀ではあるが圧倒的ではないんだ

 

看板の系譜

 

かつて11年連続Aクラスを誇っていた時代、中日には福留孝介という当時のセリーグで最強と言っても過言ではないスーパーサイヤ人(英智談)がいた。強かった当時と弱い今とでは一体何が違うのかという比較の検証をよくファンやメディアがやっているが、細かい事は後回しにして最も大きな違いは「福留がいるかいないか」である

福留は攻走守すべてにおいてトップレベルの実力を持ち、その上ズバ抜けた野球脳と判断力で幾度となくチームのピンチを救ってくれた。先日当ブログが発表した「平成中スポ一面掲載回数ランキング」でも、在籍年数が倍以上長い立浪を上回る4位にランクインしたのは、それだけ勝利に直結する一打やプレーが多かった事を意味する。他にもたくさんの優秀な選手がいたあの時代の中日だが、福留がいなければあそこまでの黄金期は築けなかったはずだ。

その福留が2007年限りでメジャーへ旅立ち、入れ替わるように入ってきたのが和田一浩だった。守備と走力は平凡でも勝負強さと安定感はピカイチの和田は2010年に文字通りセリーグ最強打者の証でもあるシーズンMVPを受賞。この年のCSファイナルステージ第5戦、勝てば日本シリーズ出場が決まる9回に劇的なサヨナラを決めたのもやはり和田だった。

 

高橋周平、連夜の大活躍

 

ところが和田以降、中日からMVPを狙えるような圧倒的な打者は誕生していない。ただでさえ次々と若い強打者が生まれてきている昨今のプロ野球界にあって、再び中日がペナントレースの中心に返り咲くにはこうした存在は不可欠。根尾の育成はまだ時間がかかるとして、現有戦略でその可能性を秘めているのは、やはり高橋周平を置いて他にはいない。

そもそも2011年のドラフトの時点で並の打者に育てる気など毛頭なく、圧倒的な打者になるであろう事を期待して指名したのだから、本来なら今頃は冒頭に挙げた各球団のスター達と肩を並べるレベルの選手になってもらっていないと困るのだが、本人の天性ともいえる抜けた性格と、ナゴヤドームという広くて高い魔物、そして弱いチーム特有の首脳陣が代わるたびに育成プランも変わる現象にも悩まされ、気付けば入団から8年が経過した。随分と遠回りしたものだ。

その高橋が、俺たちの周平が、3週間ほど前から突然何かをつかんだように打ちまくっている。3本のタイムリーを打った昨夜に続き、今日も猛打賞4打点。さらには守備でも柳を助ける決定的なファインプレーを見せるなど攻守にわたる大活躍だ。

今日の試合は高橋がいなければスコアが逆になっていてもおかしくなかった。だからヒーローインタビューに柳が呼ばれた時は目が点になったし、その第一声で「周平さんがヒーローで良いと思う」と言った時は、そうだよね!とファン全員が頷いた事だろう。

そして何よりも大卒3年目の柳が周平の事を「さん」付けで呼ぶ違和感ときたら。他人の子の成長は早いとはよく言ったもんで、あの敬語もろくに喋れなかった周平ちゃんが立派になって……と親戚のおばちゃん目線でその覚醒を喜びたくなる神宮の夜。鈴木誠也と坂本勇人に挟まれて打率ランキング堂々の第2位に登場した周平は、ようやく「うちの看板です!」と言えるような打者に成長してしまったのかもしれない。