ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

イチロー引退に寄せて

イチローが引退を表明した。

兼ねてから「50歳で首位打者を獲って引退する」と宣言し、実際に40歳を過ぎた頃からはその目標を見据えてプレイをしているようにも見受けられたが、惜しくも5年早い45歳でのリタイアとなった。

1994年、彗星の如く現れたイチローはそこから20年近く蛇口をひねれば水が出るように毎日ヒットを積み重ね、気付けばその数は4367本という歴史上、誰も到達した事のない途方も無い数字に達していた。

そのイチローが、誰よりも簡単にヒットを打ってきたイチローが、最後はオープン戦、親善試合、そして公式戦を通して30打席無安打でユニフォームを脱ぐことになった。

なんだかんだ言って開幕カードの2試合では、いつものように涼しい顔してヒットを打つイチローが見られるはずだと楽観的に考えていた。だからこそ、本当にヒットが打てなくなっているイチローを見るのはショックでもあり、衝撃的でもあった。あんなに簡単に、魔法のようにヒットを飛ばしてきたイチローがこんなに苦しむ姿を見るなんて。

第1打席を終えたタイミングで「試合後に会見を開く」という情報が駆けめぐった。そうして迎えた第4打席、すなわち現役最後の打席はショートゴロ。2009年のWBCならこの場面で勝ち越し打を放ったのだが、もうイチローのバットから快音は響かない。この瞬間、野球界にとっての“平成”という時代が幕を閉じた。

平成元年の1989年、愛工大名電高校の野球部に入部した鈴木一朗は、30年後の今日、世界の“ICHIRO”として伝説になった。もうすぐ始まる新しい元号の時代に野球選手・イチローはもういない。イチローのいない時代なんて想像もできないが、今はまだその勇姿を目に焼き付けて余韻に浸っていたい。

 

いつか中日に来るんじゃないかと期待してたけど、結局叶わなかったね

 

10.8の観客席で焼きそば食ってるのがドラゴンズ的には一番のハイライトだったな

 

京田に試練

 

ちうにちを考えるブログとして、快勝を収めた今日のオープン戦にも触れておこう。

今朝の中スポの一面は京田の懲罰交代について。昨日の試合で中継ボールを後逸し、直後の打席であっさり三球三振を喫したことが問題視されたようだ。

明けて今日、京田はスタメンを外れた。試合後、与田監督は「京田だけ特別なわけじゃない。あくまで内野のポジション争いのプロセスの中でのこと」と堂上や亀澤と同様、京田も絶対的なレギュラーではないということを示唆した。

そりゃそうだ。鳥谷敬に憧れていると言いながら鳥谷の最大の長所である選球眼を生かした出塁率という点は一切学ばず、早いカウントから手を出して相手投手を助けるということを繰り返しているうちは成績向上は難しいだろう。

2月6日掲載の日刊スポーツのインタビュー記事では、四球を増やせと周りから言われていることを認めた上で「タイプじゃない。変えるつもりはないです。誰に何を言われようが」と、あくまで早打ちを貫くことを宣言している。

この点に関してはあのイチローも四球が選べず打率の割に出塁率が低いと批判されることもあったのだが、言うまでもなくイチローの場合はボールゾーンをヒットにするだけの卓越した技術を備えており、しかも「打率の割に」低いというだけで、1994年から2000年まで7年連続で出塁率4割以上、メジャーでもデビュー年から10年連続で3割5分以上を記録している。昨年、打率.235に対して出塁率.266というどう見ても低すぎる数値に終わった京田が周囲の意見を突っぱねるのは、いささか違和感を覚えずにはいられない。

昨オフから事あるごとに比較対象にされてきた根尾は、周囲の声を素直に吸収できるともっぱらの評判だ。京田もまだ25歳。型ができあがったベテランならともかく、伸び代のあるうちに欠点は矯正しておいた方が今後のためだと思うのだが、果たして昨日の懲罰交代、そして今日のスタメン落ちで京田は変わることができるだろうか。