ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

ナゴヤ球場、負けから始まる物語

1996年10月6日。長きに渡って愛されてきたナゴヤ球場の最後の夜、星野監督は声を絞り出すようにしてこう叫んだ。

「ジャイアンツファンの皆様、おめでとう」

魂を込めてONと戦ってきた、数々のドラマを生んだこの球場で、最後の最後に巨人への祝辞を述べなければいけないなんて、並々ならぬ執念をもって巨人を倒すことに命を捧げてきた男だ。筆舌に尽くしがたいほどの悔しさで一杯だったことだろう。

 

あれから23年。長嶋茂雄の胴上げで幕を下ろしたナゴヤ球場にドラゴンズの1軍が帰ってきた。わずか4000枚弱のチケットは即日完売。午前4時半に一番乗りした猛者をはじめ、開門前から1000人以上の熱心なファンが押し寄せた。新幹線が走る線路のすぐ脇、住宅地のど真ん中にデンと構える「おらが街の球場」はおよそ四半世紀ぶりの賑わいに包まれた。

 

試合はお寒い結果に

 

オールドファンには懐かしく、若いファンには新鮮なナゴヤ球場での一軍ゲーム。しかし試合開始までは暖かく晴れていたのにいつのまにか雲に覆われて肌寒くなった今日の名古屋の天気のように、この記念すべき日にドラゴンズはとんでもない塩試合をやらかしてしまう。

ルーキーの上茶谷、大貫の前に一人の走者も出せず、ようやく井領が初安打を放ったのが6回のこと。佐藤が2点を失い試合の大勢が決してからの初安打はあまりに遅すぎた。楽しみにしていたホームランのファンファーレも鳴らず、得点時の「燃えよドラゴンズ」合唱も叶わぬまま、二度とないかもしれない貴重な機会はあまりに呆気なく終わってしまった。

 

昨日みたいな試合を今日もやれたら大盛り上がりだったろうに。強竜打線の聖地で何やってんだよ

 

引退試合とか今日とか、注目の試合でどうしようもない負け方するの何とかならないもんかね

 

負けから始まる物語

 

歴史を紐解こう。それまで本拠地球場を持たずに各地を転々としていたドラゴンズだが、1948年12月にナゴヤ球場の前身となる待望の自前球場「中日スタヂアム」が建設された。初の公式戦が開催されたのが1949年4月2日の南海戦。服部受弘が先発で投げ、西沢道夫が一塁を守ったこの試合も今日のような一方的な展開で1対7で敗れている。

さらに1952年、前年の火災全焼により全面的に再建築されて誕生した「中日球場」のこけら落としとなった4月5日の巨人戦も杉下茂と別所毅彦の投げ合いの末、やはり2対5で敗戦。なんのことはない、この球場が持つ二度の歴史は共に負けから始まったのだ。

今日は残念な結果になったが、もちろんこれで終わっていいわけがない。かつて負けから始まり多くの栄光を刻んだこの球場で、やはり負けから始まった現代のドラゴンズはどんなドラマを紡ぐのか。きっとやってくる次回開催が待ち遠しい。