ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

ガッツ2軍監督 珍負傷殿堂入り

 

www.chunichi.co.jp

 

その時、ファンの間に緊張が走った。

「小笠原2軍監督が転倒して顔面を強打。病院で検査へ」。この初動報道が流れるやいなや、すわ病気で意識を失ったのでは!?酔って喧嘩でもしたのでは!?と心配は広がり、続報が待たれた。

結局真実は自室のベッドから転落という侍・小笠原には似つかわしくないお粗末なものだったが、とりあえず病気でも不品行でもなく、骨折とは言え9日は通常どおり職務に復帰できて安心した。

 

一応確認しとくけど、立浪は関わってないんだよな?

 

なんかあると立浪の関与を疑うのやめなさい!

 

それにしても大のおとながベッドから転落するだけでも珍しいのに、受け身も取れずに顔面を強打して骨折するとは。その瞬間、日本中の疫病神が小笠原のもとに集結したかのような運のなさである。

プロ野球界では過去にも度々こういった笑えないけど笑うしかない怪我というのがあったので、幾つか紹介しよう。

 

藤本修二 猫に噛まれて負傷

 

1985年キャンプ中、南海ホークスの藤本修二が宿舎近くの公園で野良猫に餌をやろうとして噛まれ、傷口の化膿で1週間投球練習ができなくなる重傷を負った。このことから付いたあだ名は「ニャンコ」。

後年、澤宮優著「打撃投手」の取材を受けた際に「その話はもういいじゃないですか」と照れた。なおこの年の藤本は8勝17敗でリーグ最多敗を喫した。

 

怪我のデパート多村仁 靴紐を結んでぎっくり腰

 

ポスター撮影中にジャンプをして捻挫、握手会で握手をし過ぎて左手負傷など相次ぐ不慮の怪我で虚弱体質の名を欲しいがままにしていた横浜・多村仁が2005年6月21日、今度は靴紐を結ぼうとしてぎっくり腰を発症。さらにその8日後、愛車のポルシェが雨でスリップして道路の側壁に衝突する自損事故を起こし左顔面と左肩を負傷した。

あまりに毎年のように、いや毎月のように些細なことで負傷することから、主人公が弱すぎるファミコンゲームから転じて「スペランカー」の呼び名が付けられた。今でも故障の多い選手を「スペ体質」と呼ぶのは多村に由来する。

 

中里篤史 バランスボールから転落で左肘骨折

 

将来のエース候補と嘱望されながら2年目のキャンプ中に階段から転落して右肩関節損傷の大怪我を負った中日・中里も相次ぐ怪我に泣かされた選手だった。特に致命的だったのが2007年、後半戦の切り札として期待されていた矢先の7月21日、バランスボールから転落して左肘を骨折し、シーズン絶望。これを機にエース候補と呼ばれることもなくなった。

 

岩瀬仁紀 風呂場で転んで左足小指骨折

 

2004年開幕直前の3月14日、衝撃が走った。この年からクローザー転向が予定されていた岩瀬仁紀が骨折したというのだ。しかも原因は自宅の風呂場での転倒。全治2週間。その間、投球練習ができないとすれば4月2日の開幕には到底間に合わない。

落合監督初年度の中日にいきなり暗雲が立ち込めたが、抑え転向に並ならぬ決意を滲ませる岩瀬は準備もなしにぶっつけ本番で開幕戦9回のマウンドに立った。伝説の始まりは意外にもバタバタだったのだ。

 

この他にも朝食のパンを切ろうとしてバターナイフで指を切って登板回避したガトームソン(ソフトバンク)、三振を喫して怒り任せに叩きつけたバットが跳ね返り小指を骨折したフィルダー(阪神)など長いプロ野球の歴史を紐解くと個性的な負傷の仕方がいろいろと出てくるものだ。

 

今回のガッツ監督のベッド転落骨折も後年語り継がれる珍負傷の仲間入りだね