ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

2014年組の逆襲

 

CSで「最後から二番目の恋」の再放送を観ているのだが、めちゃくちゃ面白い。本放送から6年も経つと忘れている事も多く、また自分自身の境遇がこの6年でかなりダイナミックに変わった事もあって当時よりも登場人物のセリフや行動が心に沁みたり理解できるようになった。

このドラマの主人公を演じる小泉今日子は1982年にデビューした。中森明菜、松本伊代、早見優などが同期に揃うこの年は「花の82年組」と言われ、群雄割拠の80年代アイドル史において最も豊作の年として知られている。

ある年代にスターが集中するのはプロ野球の世界にもよくある事で、史上最高の当たり年と名高い1968年のドラフト入団組に始まり、1989年、1998年のドラフトも球界を背負って立つ選手を多数輩出した。また同い年という括りでいえば1988年生まれの選手たちも凄まじい。

 

世に言うドノウエ世代だね

 

史上最低?呪いの2014年ドラフト

 

一方でこのままだと球団史上最低ドラフトの烙印を押されかねないのが2014年のドラフト入団組だ。まず1位指名の野村亮介がわずか3年で戦力外を食らったのを筆頭に、育成合わせて13人のうち既に6人がユニフォームを脱ぎ、残る7人も規定はおろか一軍にまともにいた事すらない選手ばかり。

しかも本指名の9人全員が大卒かアマチュア出身というのも闇が深い。落合GMによる即戦力(と落合が判断した選手)に偏重した指名はチームの年齢分布を乱し、その後のドラフトで高校生を中心に指名せざるを得なくなるなど編成のバランスを露骨に崩してしまった。また野村亮介に「20」、友永翔太に「1」、石川駿に「9」という重い背番号をいきなり与えたのもファンの疑念を生んだ。

後年振り返った時に大成した選手がいない、いわゆる失敗ドラフトは何年かに一度はあるものだが、2014年に関してはこのような特殊な要因が格好のネタとなり“即戦力外ドラフト”と揶揄され、悪い意味で有名になってしまった。まさに呪いのドラフトである。

 

落合が玄人っぷりを発揮して「お前らには分からんで結構」と言いたいがためのドラフトだったよね

 

バンドとかの好きな曲を聞かれて敢えてマイナーな曲を選ぶみたいな。童貞の中学生かよ

 

重すぎる荷を背中から降ろした友永

 

呪いのドラフトの中でも寂しすぎる実績に反して知名度だけは高いのがドラフト3位の友永翔太だ。

本人に罪はない。上述の通り重すぎる背番号をいきなり与えられ、あろう事か落合GMが「大島洋平を余裕で超える。友永が来たからには大島に居場所はない」というようなニュアンスのコメントを出したのが悪いのだ。

かくして本人の預かり知らぬところで勝手に「福留孝介の後継者」にして「大島のライバル」になった友永は、ルーキーイヤーをわずか7試合出場で終えて瞬く間にネタ選手の穴へと転落した。さらにヘイトが最大限に高まったのがついこないだ、根尾昂の背番号が話題になる中で一部の心ないファンから「早く辞めろ」「お前のせいで根尾が1を付けられない」といった友永バッシングが起きたのだ。これはいけない。ファンであれば選手を批判する事はあっても否定してはいけない。確かに入団から4年間、全く成績を残していないのは友永自身の責任だが、それとこれとは全く別問題だ。

 

来年は1番を剥奪され、引退した工藤隆人の62番を継ぐ事が決まった。本人曰く「解放とは違う。ステップアップにつなげたい」のだそうだ。大きな背番号への降格を「ステップアップ」と表現するのは初めて聞いたが、おもしろい。このメンタルがあればまだ友永は野球選手として死んじゃいない。

重すぎる荷を背中から降ろした友永は、異次元の強肩を持つ加藤匠馬と共に汚名返上を図る。

 

そしていつの日か、こう言わせて欲しい。

「2014年のドラフトは大成功だったね」と。