ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

新ユニフォームを考える

 

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17日のファンフェスタで一番驚いたのは松坂が紅白戦に参加した事でも藤嶋がホームランを打った事でもなく、本当に変わるのかどうかさえはっきりしていなかった来季からの新ユニフォームがいきなりお披露目された事だ。

見ての通り現行ユニからの大幅な変更はなく、あくまで監督交代を機にしたマイナーチェンジに留まっている。

ファンの感想も、賛否というよりは「まあ悪くはないけど……」「これなら変える必要がなかったのでは」と、どこか歯切れが悪く、直近7年間で4回目となる多すぎるリニューアルはチームの迷走を象徴していると言えそうだ。

 

注目の“赤”は見送りに

 

デザインがダサいか格好いいかは主観でしかないから特に気にならない。ファン投票でぶっちぎり1位に選ばれた2004〜2011年のいわゆる「落合ユニ」も発表当初にはボロカスに評されていたのを覚えているから、この段階での評判ほどあてにならないものは無いと思っている。早い話が強ければ格好良く見えるし、弱ければ呪いのユニフォームになるのだ。勝てば官軍、負ければ賊軍である。

 

紺色やねずみ色じゃなければなんでもいいよ

 

それにしても意外だったのは今回採用されると噂されていた赤色が見送られた事だ。与田といえば星野仙一との結びつきが強く、ユニフォームも当時のものを参考にするのではと言われていた。

確かに森監督が着用した現行のユニフォームを下敷きにして星野時代の赤い胸番号を復活させれば、落合・星野両派閥への目配せができるし、若狭アナも「スポ音」内で赤の復活を匂わせていたのだが、蓋を開けてみたら現行ユニとほとんど変わらないシンプルなデザインで驚いた。

 

中日球団における“赤”の意味

 

「大島派が実権を握る時はユニフォームに赤が入る」。

まことしやかに語られる都市伝説のようなものだ。一応説明しておくと大島派というのは大島洋平でも大島康徳でもなく、旧新愛知新聞系の大島家から派生した中日新聞社内の二大派閥のうちの一つである。もう一つは旧名古屋新聞系の小山家からなる小山派で、白井文吾オーナーはこちらの長にあたる。二つの新聞社が76年前に合併して出来たのが中日新聞社で、球団旗の赤と青はそれぞれ大島派と小山派を表す。

 

つまり仕方なく合併したけど元々は正反対の色を持つ会社だという事を示してるわけだ

 

朝日と産経くらい理念が正反対の新聞社だったらしいからね。永遠に混ざり合う事はないのさ

 

2002年に白井オーナーが就任してから長きに渡り小山派が実権を握り続けており、2004年のユニフォーム改訂で赤が排されたのはこの年から始まった落合政権が実質的な小山派支配下にある事を強烈に印象づけた。

だが2011年秋、大島派が観客動員減を理由に落合に不信任案を突きつけ、無理やり誕生させたのが高木政権だった。その時に改訂されたユニフォームに赤があしらわれているのは大島派主導の政権である事を意味する。

オーナーが小山派の白井なのに球団の主導権は大島派が握るというねじれ構造は案の定うまくいかず、わずか2年で大島派は下野、小山派は天下に返り咲いた。

そこから谷繁、森と白井色の強い政権が続くも結果は出ず、また白井自身の高齢により2019年6月でのオーナー退任は既定事項だとされている中で2017年にオーナー代行に就いたのが大島宇一郎、言うまでもなく大島派の人間である。基本的に大島派、小山派から交互にオーナーを出す伝統があるため、次期オーナーが大島派から出るのは間違いないが、白井が自らの就任中に大島派の人間を側近に置くとは意外だった。1995年に高木政権の中枢に島野育夫コーチを放り込んで翌年からの星野政権への地ならしをしたのに似たやり方である。

 

そんなわけで小山派の白井オーナーが見初め、生え抜き志向の大島派も認める折衷案として誕生したのが与田監督なのだが、経緯からして新ユニフォームには絶対に赤が入ると思われていただけに、政治的な思惑を勘繰らずにはいられない。

まだまだ大島派には譲らんぞという白井のメッセージなのか、あるいは大島派が敢えて妥協する事で代わりに何らかの見返りを求めているのか。

 

一部のコアなファンだけが注視する決して表には出てこない中日内部の政争は、元号が変わってもまだまだ終わりそうにない。

 

ほんっとに一部のファンしか興味ないぞ、こんなもん