ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

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笠原祥太郎と売れなかったバンドいや選手たち

 

プロ野球を見ていていつも不思議に思うことがある。

アマチュア時代にいくら活躍していてもプロに入った途端に伸び悩んでパッとした成績を残せずに苦しむ選手がいる一方で、ほぼ無名に等しくても下位指名で入団して才能を開花させる選手がいる。

少なくとも20歳そこそこの時点では前者が遥かにリードしていたはずなのに、たった数年でたちまち立場が逆転してしまうのは何故だろう。元々の素質の問題なのか。はたまた環境、努力……色々な要素が絡み合って思わぬ覚醒を呼び起こすのか。

一ファンとしては入団当初は気にもしていなかった選手があれよあれよと主力になって行くのを見るのは大好きだ。まるで誰も注目してないマイナーなバンドがどんどん売れてビッグになるのを目撃するように。「売れる前から知ってたよ」と言いたいがために大したことないバンドを推した事が何度あるか。結局ほとんど大成せずに解散したりアングラで細々活動してたりするのだが、たまたま売れた時の鼻高々な気分はたまらないものがある。

ドラゴンズでも敢えてマイナーな選手を推したくて「井領は青木宣親並の打者になる!」とか、昔なら「瀬間仲は大豊級の逸材だ!」とか豪語してみてもうまくいった試しがない。瀬間仲覚えてる人がどれだけいるのかって話だが。

 

人の運命とは分からないものだ

 

脱線したが、今まさに日進月歩のステップアップを辿る“元・無名選手”がドラゴンズにもいる。その名は笠原祥太郎。新潟からやって来た純朴な青年が2年目のオフにジャパンのユニフォームで投げているなんて誰が思っただろうか。

ベストメンバーではないとは言え並居る現役メジャーリーガー相手に4 2/3回投げて4安打無失点は立派の一言。日米野球の最終戦先発という名前を売るには絶好のチャンスを見事にものにした。

笠原が学生時代に日本代表の京田陽太や柳裕也の傍らで球拾いをしていたのは「文春野球」の若狭アナのコラムでご存知の方も多いと思うが、その京田と柳を差し置いて笠原がプロの代表に選ばれるのだから人の運命とは分からないものだ。

 

笠原は野口になれるか

 

笠原が背負うのは工藤公康の長きに渡る活躍により左の好投手の代名詞となった背番号「47」。今季限りで引退した巨人・山口鉄也、中日でいえば野口茂樹もこの番号だった。

チェンジアップ使いの笠原とスライダー使いの野口とでは投球スタイルこそ違えど、人見知りで朴訥な人柄はよく似ている。野口が最優秀防御率を獲得しても19勝をあげても「正真正銘のエース」ではなく「左のエース」に留まったのは同時期にスター性のある川上憲伸がいた事と野口本人の控えめさによるものが原因だと思うが、笠原もやはり同じような道を歩む気がする。

例えば口達者な藤嶋健人が笠原と共に15勝くらいしたら、おそらくエースと呼ばれるのは藤嶋の方だろう。笠原は淡々と黙々とあくまで控えめに、藤嶋は派手にガッツポーズしながら勝ちを重ねる。

そんな右左の両輪が実現した時にはドラゴンズは暗黒時代から脱しているのだろう。

 

笠原を学生時代から注目してた目利きからすればインディーズから見てたバンドがじわじわ売れてきたって感じかな

 

瀬間仲も櫻井も5大ドームツアーやれる選手になると思ってたんだがな

 

ドームどころか中川区の住み込みライブハウス止まりだったね……