ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

阿波野氏招聘を考える

投手コーチに阿波野氏招聘か?

 

20日、中日が一軍投手コーチに現巨人三軍投手コーチの阿波野秀幸氏を招聘するプランが浮上したと複数メディアが報じた。

阿波野氏は与田監督にとって亜細亜大学の一年先輩にあたる。

 

中日再建において投手コーチは最重要ポストであり、実績のある吉井理人、人気の高い山本昌などを期待する声があがっていた。

だが他球団で現職の阿波野はまったくの想定外で、ヘッドコーチ就任が有力視される伊東勤に続いてのサプライズ人事だ。

 

 

無名だった“亜大・与田”

 

亜細亜の先輩後輩と言っても当時の阿波野と与田とでは月とスッポンほどの差があった。

 

チームのエースだった阿波野は東都大学リーグで通算32勝をあげて最高殊勲選手にも選ばれるなど全国に名が知れた選手で、1986年のドラフトでは巨人、大洋、近鉄の3球団競合の末に近鉄入団を果たした。

一方の後輩・与田は1年生の時に肘を痛め、さらに筋肉の肥大化による右手指先の血行障害にも悩まされて、結局2年生の時にあげた1勝が学生時代の唯一の白星。それも阿波野の助けを借りてのものだったという。

のちに与田はこの大学4年間が「人生で最も苦しかった時期」と振り返っている。

 

そして33年後、阿波野は与田の下に就く事になるわけだ

 

未来の事なんか誰にも予測がつかない。まさに流転のごとき人生劇場だな

 

 

阿波野は宮田征典になれるのか?

 

ナゴヤドーム移転以来、中日の投手陣が崩壊の危機を迎えるのはこれが2度目だ。

 

最初の危機は移転元年の1997年。前年に引き続き投手陣を率いたのは“親分”小松辰雄コーチだったが、最多勝をあげた山本昌を除く先発投手陣が崩壊。広いナゴヤドームの利を生かせず屈辱の最下位の要因となってしまった。

ここで星野監督は動いた。生え抜き人気OBの小松に見切りをつけ、経験豊富の宮田征典を招聘したのだ。この英断がチームを変えた。

 

川上、野口の先発二枚看板に、落合、正津、前田、宣など盤石のリリーフを形成し、チーム防御率は前年リーグ5位からたちまち1位へ飛躍的に向上。

さらに病気を理由に一年限りで退団した宮田の後任には山田久志を招聘し、中日のイメージは打ち勝つ「強竜打線」から守り勝つ「投手王国」へと華麗にモデルチェンジを果たしたのだった。

 

阿波野に期待されるのはズバリこの時の宮田のような働きだ。

つまり崩壊したリリーフ陣を整え、小笠原や柳を一人前に育て、リーグ屈指の投手陣を作り上げる。たったこれだけの簡単なお仕事である。

 

この任務を朝倉に任せてたのか、我が軍は……

 

 

一抹の不安は年上コーチに挟まれる与田監督

 

経験豊富なコーチの招聘は今のドラゴンズに絶対必要なこと。方向性は間違っていないと断言できる。

ただ、監督とコーチは一連托生ゆえに軋轢も生まれがちだ。記憶に新しいところでは高木守道と権藤博がそうだったように、ベンチ内での首脳陣同士のいざこざはチームの崩壊に直結する。

 

報道通りの人事が実現すれば来年54歳の与田監督は57歳の伊東と55歳の阿波野と並んで指揮を執る事になる。

初めての監督経験で壁に直面した時、果たして年上だらけのベンチは与田にはけ口を奪う事にならないだろうか。

特に伊東は納得できなければフロントに対しても楯突く頑固な男だ。一見ソフトな与田も九州男児の気質を完全に忘れたわけでもあるまい。

 

うまくハマればこの上なく頼もしい布陣だが、ひとつ間違えれば衝突しかねない危うさも孕んだ人選といった印象だ。

 

 

そこで年下のフォロー役としてヤマサキをだな

 

爆薬投げ込んでどうすんだ