ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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そして伝説へ(岩瀬仁紀引退に寄せて)

岩瀬のキャリアハイはいつなんだろう。

 

数字だけみれば3年連続40セーブを挙げた2005〜2007年のどれかになりそうだけど、古くからのファンは口を揃えて「リリーフ時代のが凄かった」と言う。

むしろクローザーに回った時点で既に衰え始めていたとの声もちらほら聞くほどだ。

 

確かに登板数は意外にも入団初年度の65試合が最多で、イニング数の最多は翌年の80.1回だ。

入団から2年連続でこれだけ投げて共に二桁勝利を収めて、なおかつ防御率1点台なのも凄まじいが、4年目の52試合に投げて防御率1.03というのも充分キャリアハイの候補に挙がる数字だ。

 

でも岩瀬の持つ色々な記録の中でも一際異常なのは、なんと言っても入団から15年連続、計16度の50試合登板

これこそが岩瀬の凄みを最もよく表した記録であると同時にキャリアハイの年度を一つに決めきれない要因でもある。

球史に輝くアンタッチャブルレコードだ。

 

誰よりも信頼された男

 

岩瀬が仕えた監督は森繁を含めて6人。

そのうち谷繁を除く5人の時に50試合登板を果たしている。

特に2014年に初めて記録が途切れ、翌年には一軍登板0に終わった時点で誰もが引退を覚悟したんだけど、不屈の闘志で蘇って森繁が就任した2017年は4年ぶりに50試合登板を果たしたんだ。

 

不死鳥とはまさに岩瀬のためにあるような言葉だね

この20年で名古屋人がテレビで一番たくさん見た顔はタモリでもたけしでもなく岩瀬と言っても過言ではない

 

これだけの年月をかけて50試合登板を続けたのはすなわち仕えた監督達から最大級に信頼された証でもある。

荒木の守備に救われたことはたくさんある、浅尾がピンチを消火してくれたことも何度もある。

だけど岩瀬に助けられた回数は桁違いに多い。

 

中日にはこれまで何千人もの選手が在籍してきたけど、こんなにも長きに渡って監督、チームメイト、そしてファンから信頼されたのは岩瀬を置いて他にいないだろう。

 

 そして伝説へ……

 

岩瀬といえばこれだけの活躍をしているのに中スポの一面を飾ることが意外なほど少ない。

よく言われるようにクローザーは抑えて当たり前、話題になるのはダメだった時だけという事だろう。

 

確かに岩瀬の投げた試合で印象に残っているのは打たれたシーンや負けたシーンばかりだ。

 

406回の成功より51回の失敗のが印象深い。ここにも岩瀬の凄みが滲み出てるね

晴天はいちいち覚えてないけど台風は覚えてる。もはや岩瀬の“成功”は日常風景なんだ

 

 

だけど今日、岩瀬は遂に一生忘れることのない偉大な金字塔を打ち立てた

長い長いプロ野球の物語で誰も到達したことのないページを俺たちの岩瀬が開いたんだ

 

そして岩瀬は最期の闘いへ、前人未到の1001試合登板で伝説に幕を下ろす―!