ちうにちを考える

中日ドラゴンズを浅く薄く考えます

翔ぶが如く(荒木雅博引退に寄せて)

浅尾引退の報道に動揺するファンに追い討ちをかけるように26日の正午頃、

さらなる衝撃的なスクープを東スポが単独ですっぱ抜いた。

 

『荒木雅博、岩瀬仁紀も引退へ』

 

たちまちネット上は大荒れ。

 

東スポだから信憑性なし、いやいや東スポの中日情報はガチ、東スポは嘘しかつかないetc……

 

だが広島カープが3連覇を決めた21時過ぎから一斉に主要メディアが速報を打ち、

遂には中日新聞社も報じたことにより事実だと判明した。

 

ひとつの時代の終わりだね

あんまりに突然すぎて言葉も出やせん

 

なんでこんなヤツを獲ったんや!

 

落合政権下で指名された選手達が続々とユニフォームを脱ぐ中、荒木と岩瀬はさらに一時代前、第2次星野政権下でプロの門を叩いた。

 

特に荒木は本拠地ナゴヤ球場を知る数少ない選手の一人。

翌年から主戦場になるナゴヤドームを見越して広い球場に適した走って守れる選手を指名したんだ。

だけどそれは星野監督の本意じゃなくて、この年の超目玉・福留孝介、さらに外れ1位の原俊介もクジ引きで逃し、外れの外れでやむなく指名したのが熊本工の荒木だった。

 

スカウトと一緒に荒木が星野監督のもとに挨拶に訪れた際、「なんでこんなヤツ獲ったんや!」と灰皿を投げつけたのは有名な話だ。

第1次政権時には就任してすぐ“世紀のトレード”で度肝を抜いたけど、第2次政権の初仕事も福留獲得で華々しく飾りたかったのに無名のヒョロガキしか獲れなかったのがよほど気に食わなかったんだろう。

 

荒木はなんにもわるくないけどな

仙一は理不尽な体育会系の象徴だからね

 

 

若手を諭す、よき先輩として

 

23年間にも及ぶ長いキャリアで思い出に残るシーンはたくさんあるけど、特に印象深いのは晩年、若手を優しく励ましたりアドバイスしたりする“よき先輩”としての姿だ。

 

今のドラゴンズは投手が動揺してても内野陣が声かけをしない。

投手は繊細な生き物だから孤独にしたらダメだと言うけど、残念ながら目が虚ろで顔面蒼白の投手がマウンドにいても知らんぷりだ。

そんな時に荒木が二塁にいればマウンドへ静かに歩み寄り、笑顔で和ませてポンと背中をグラブで叩いて落ち着かせるんだ。

そうやって投手は正気を取り戻し、目の前の打者と対峙できる。

 

荒木は体育会系特有のオラつきがなく優しく後輩を諭す事ができる稀有な存在だ。

おそらく指導者として迎える来季からは荒木イズムを存分に発揮し、

京田や高橋を一流の野球人に育てあげる事だろう。

 

 

それにしても、前述の星野じゃないが入団当時を知っているとまさか2000安打を打つ選手になるとは夢にも思わなかった。

頭角を表すのは早かったが定着するのは遅かったし、規定打席に乗って3割を打ったのは一度きりだ。

(悲喜こもごもの野球人生については文春野球で若狭敬一アナが記した内容が素晴らしいのでそちらを読んでほしい)

bunshun.jp

 

 

まさに地道にコツコツを体現した選手だね

初対面で暴言を吐いた星野も後悔してるんじゃないか

 

「アイツは入団時からきらりと光るものがあった」by星野仙一

2000安打達成時のコメントより

 

よう言うわ!