ちうにちを考える

中日ドラゴンズ歴史研究家が中日の過去、現在、そして未来について持論を発表するブログです

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太く短く悔いはなく(浅尾拓也引退に寄せて)

遂にこの日が来てしまった。

3,4年前からいつ引退してもおかしくない状況ではあったが、いざ発表となるとやはり喪失感もあるし感慨もひとしおだ。

 

浅尾というと2010年、2011年の大車輪の活躍、とりわけ79試合を投げた2011年は防御率0.41という驚異的な成績を叩き出してチームの連覇に貢献し、リリーバーとして初のMVPを受賞した。

もう7年も前の出来事だから子供の時になんとなく見たとか、動画サイトで後追いで知ったという若いファンも沢山いるだろう。

 

残念ながら怪我してからの投球はかつてとは別人のようになってしまったから、かえって全盛期の栄光が忘れられなくて、ある種の伝説として神格化されるようになったのかもしれない。

昔とのギャップは他でもない浅尾自身が一番強く感じただろうし、そのもどかしさたるや……。

 

 

あやうく西武入団もあった!?

 

愛知大学リーグ2部の日本福祉大学なんて誰も知らない無名校で、当然プロ野球OBもいない。

おまけに生まれも育ちも愛知県なもんだから中日スカウト陣の掘り出し物だと思われがちだけど、実は西武とヤクルトも高く評価していて上位指名を狙っていたんだ。

 

多くの中日ファンが最初に浅尾のことを知ったのは2006年10月15日付の中スポだった。

『愛知2部リーグ日本福祉大の浅尾が名産大戦でノーヒットノーランを達成した。1ヶ月後に控えた大社ドラフトでドラゴンズが狙ってる』

 

驚いたのはその内容よりも、掲載されていた写真だった。

小さい写真でもはっきりと分かる端正なマスク。男前というよりはイケメン。

当時カピバラかジャガイモしか見たことなかった名古屋人は、こんなイケメンが来たら女子がキャーキャー騒ぐ人気球団になってまうがねと人気アップの切り札としても浅尾に注目したんだ。

 

かくして無名選手から最優先指名候補へと躍りでた浅尾だけど、全国津々浦々を巡る他球団のスカウトが金の卵を放っておくわけない。

浅尾本人も中日入りを熱望し、他球団からの指名なら東邦ガス入社を公言していたほどの相思相愛。

 

それでもウェーバー公示順で先の西武が強行指名する可能性が高いと言われていて、

気を病んだ浅尾は1週間で71キロあった体重が67キロに落ちてしまったほどだ。

 

ドラフト前日も大学近くの「恋の水神社」で入団祈願して、決まった直後の会見では「嬉しいです。ずっと寝られてなくて、中日に入る事だけを願ってました」と大願成就に涙をこぼして喜んでくれた。

 

こんなに中日を想ってくれるなんて嬉しいね

まさに相思相愛。浅尾は2000年代ドラフトの最高傑作だと思うよ

 

 

その後の活躍は語るまでもないけど、入団当初はエリートとは程遠い経歴ゆえに体づくりのノウハウも無くて苦労もしたんだ。

 

「僕、胃下垂なんです。食ったらすぐ出ちゃうんです…」と、不安を語った。さらに、すしに代表されるように、あっさりしたものが好き。かつて焼き肉は、表面の脂をふき取ってから食べていたという。一度試したプロテイン飲料も口に合わずやめた。だが、これからはそんなこと言っていられない。「1日3食と決めず食べられる時に食べる。脂のある肉も食べないといけませんね」2006年11月25日 中スポ紙面より

 

こんな選手が数年後に弱肉強食の世界で頂点に立つんだから面白い。

だけどその裏には想像を絶するほどの努力があったのは言うまでもない。

 

怪我してからの約6年間は失った球速に固執せず変化球主体にモデルチェンジを図ったりと試行錯誤を繰り返した。

決して腐らず、工夫して現状を打破しようとする姿勢は特筆すべきものがある。

健気という言葉がこんなに似合う選手も浅尾しかいない。

 

 

ところで選手生命の後半を怪我との戦いに費やした投手として90年代の名左腕・今中慎二をダブらせる人も多いと思う。

今中といえば自著のタイトルにもなった引退会見での「悔いは、あります」という言葉が有名だけど、浅尾は今日の会見でこう明言したんだ。

 

「悔いは本当にないです」

2018年9月26日 引退会見より

 

浅尾拓也。

誰よりも健気な男が、悔いなき野球人生にピリオドを打った。